
眠い。眠い。眠い・・・。
子供の期末テストが始まった。
こうなると夜更かしになる。
成長期の中1はお腹がすいてたまらない。
私の顔を見れば「何かない?」である。
受験生の次女も起きているが、こちらは食べない。
体重は40キロをきっているが、太りたくないらしい。
バイトで携帯代を稼がなければならない長女は、帰宅が遅い。
バイトで疲れて電車で寝こけ、お金をすられた。
電車で時おり見かける、足を開いて爆睡の若い女の子。
我が子となると・・・嘆かわしい。
そういや、よく寝過ごして知らない駅で目覚める子だった。
山手線なら一周してればいいけど、
高尾に行かなかっただけラッキーかも・・・。
(以前、豊田までは行ったらしい・・・)
まぁ、そんな訳でますます金欠な娘は、朝食と遅い晩御飯はガッチリ食べる。
相変わらずの夫は、一日が自分のサイクルで回っている。
だから、家族と食事時間が合わない。
しかし、食事は家で食べる。
・・・就寝が午前3時だろうが、私は6時起き

仕事と家事。
天気が悪く洗濯物は乾かない。
期末で帰宅の早い息子の昼飯もある。
・・・私の寝る時間を、誰か考えてくれ

息子の期末が終われば、娘の期末がやってくる

気づけば12月、仕事は年末進行!
保護者会などの学校行事もある。
受験の準備もある。
そうこうしてたら、お正月。
来年が始まる!
・・・エンドレスじゃん・・・・

「大停電の夜に」の中で、中学生の少年が人工衛星の話をするシーンがある。
その話に私の中で眠っていた記憶が少しずつ反応した。
・・・私は誰かに同じような話を聞いた事がある。
そして、一緒?に人工衛星と見られる光を眺めたような・・・。
兄ではないだろうか?
中学に行った兄は、様々な話を聞くと私に話した。
知識を私にひけらかしたかったのかもしれないし
、からかったのかもしれない
。一番迷惑したのは、「太陽が滅びる話」だった。
太陽が滅びる時は、膨張した太陽が太陽系の惑星を次々に飲み込んで、最後は爆発してしまうという話。
その日からしばらく私は怖くて眠れなかった。
生きてないって?
もちろん、今の私はありえないけど、何度か生まれ変わって、運悪くその時代に生まれていたらどうしょうと思ったのだ。
空一面に広がってゆく太陽に、バーベキュウにされるのは嫌だと、真剣に恐れたのだ。
かわいい小学時代の話だ。
せめて、「その頃には人類の文明は進歩して、太陽系を捨てて移住している」くらいの嘘をついてフォローして欲しかった。
その後も地平線に沈む大きな土星など、私の悪夢は時おり天体モノがあった。
とにかく、兄は一時、天体に興味があった時期があったと記憶している。
もしかしたら・・・天体ではなくUFOだったかもしれないが・・・。
兄弟というのは子供時代には最も身近な存在だ。
兄妹となると、性別の違いから徐々に遠ざかり、やがてお互い別居してゆく。
長い人生にとって、人生の初期に共に過ごしただけになってゆく。
私と兄は、わたしが高1までしか暮らしていない。
高校を卒業して東京に出て行ったからだ。
その後、私と東京にいた時期は数年重なるが、一緒に暮らさなかった。
その後、兄は実家に戻ったり、結婚して家を出たり・・・住まいは変わったが、現在はまた実家に戻っている。
彼の人生の節目に、年下で異性の私は何も関与していない。
結果だけをしるだけだった。
その都度、彼が本心など語る機会にも恵まれなかった。
そうして、私には彼が見えなくなった。
最近、兄のブログを時おり覗く。
私の知らない兄が、日々がんばって生きている。
忙しそうに生活している。
また、わずかだが兄の後姿を時おり垣間見る気がする。
あの頃より、そちらの星空は見えなくなったのでしょうか?
それでも、私がいるここよりは綺麗でしょう?
今はもう、人工衛星を探す事なんかないのでしょうね。
両親が共働きだった私の子供時代の想い出には、兄妹で過ごしたものが多い。
喧嘩ばかりしていた我が子達も、だんだん大人びて、喧嘩も少なくなってきた。
この子達もいずれは巣立ってゆく。
後になって思えば「人生の初期を、ほんの一時共に暮らすだけ」なのだ。
兄妹と初めて過ごした夜も、共に暮らす最後の夜も、私は実感なく過ごしてしまった。
性別も年齢も個性も違う者同士、兄弟といえども理解し合えない時だってあって当たり前だとは思う。
でも、縁あって同じ家に生まれたもの同士、あと何年一緒に暮らすか分からないのだから、親としては仲良くやって欲しいものである。

楽な仕事なんかない・・・でも、「あ〜嫌だ!休みたい!」と思う事はあるよね。
何もかも投げ出して、どこか遠くに行っちゃいたい時が・・・。
やった事は無いけどね。
婚約中の結婚、新米ママの育児、主婦の家事・・・・etc
サラリーマンやOLに限った事じゃない。
でも、普通はやらない。
クダクダ文句を言っても、結局はやり通すものだと思ってた。
ところがどっこい、最近は違う。
「婚約破棄」「育児放棄」「学校中退」「熟年離婚」・・・etc
子供の大学選びは、やっぱり学部は無視できない。
だってさ、興味がもてない勉強を専門にやるのは辛かろう。
一昨日、夫は仕事が片がつく目安がたつと、ホッとしてか
「明日は休むぞ!何があっても休む!!」とクダクダと言っていた。
そう、ここのところ、丸一日だって休んでないのだ。
疲れとストレスがピークになったのだろう。
気晴らしに出かける気満々だった。
・・・で、翌日。
一晩寝て、気がすんで落ち着いたのか、次回の仕事のスケジュールが気になったのか・・・結局、仕事に行った。
私と彼は、仕事が共通の出会いだから、こうなる事は想定内。
デートのキャンセルは日常茶飯事。
お出かけがなくなったら、これ幸いと私は家事や子供のスケジュールチェックをするまで。
空いた時間を有効に使わなかったら、兼業主婦は務まらない。
相性だろう。
デートのキャンセルで目くじらを立てるタイプなら、彼とは生活できない。
一人暮らし経験者で、仕事を理解できる私には、この状況を受け入れる事は、想像より苦ではないのかもしれない。
ベランダの花の手入れをしたり、PCをチェックしたり、ドラッグストアをのぞいたり、帳簿や家計簿の整理をしたり・・・やりたい事もやらなければならない事も、たくさんある。
時間は足りない。
あっという間の夕暮れ。
一人の時間を楽しめる私には、彼に対する怒りは湧かない。
もちろん、洗濯やアイロンがけをしながら、ブツブツと独り言のように愚痴る。
「あ〜、出しっぱなしじゃないの!」
「どうやったら、こうなるのよ!」
主婦業も母親業も休業したい日だって有る。
でも・・・結局好きなんだろうな、こんな毎日も。
人はこういうのを「幸せ」って呼ぶんだと思う。
結局、好きか嫌いかは大きい!
だから、子供には好きな事を学んで、すきな仕事について欲しい。
好きな人と暮らして欲しい。
それが、幸せなんだと思うから。
「結局、オレって仕事が好きなんだよな。」
夕飯時に、つぶやいている夫。
そういう台詞を聞くのって、嬉しい!
2005年の邦画。
クリスマスイヴの夜に大停電になる。
ただ、それだけの事で運命が微妙にずれてゆく男女達。
それぞれが抱えていた問題が、微妙に動き出す。
ただ、それだけの話。
・・・なんだけど、雰囲気や音楽がすごく良かった。
文明の利器である電気が止まると、街は人は大混乱。
原田知世さんはギクシャクした離婚の危機の夫婦を演じていた。
停電になり夫婦は久々に向き合うが、夫はテレビをつけようとする。
もちろん、つかない。
そのシーン一つとっても、彼が家庭でどんな夫だったかわかる。
妻との会話がもたないのだ。
いつもテレビでニュースを見て、妻と向き合えないのだろう。
蝋燭の灯りで、食事をするシーンなんて、世の忙しい夫たちに見て欲しいなぁ・・・。
電気の灯りを失い、蝋燭の薄明かりの中で、見えないふりをしていた自分自身を見つめる事になる訳だが・・・。
蝋燭の灯りって・・・いいなぁ。
宇津井健演じる老夫婦達、老婦人が「昔はこれでやってこれたんです」と行灯をだす。
なんか、その柔らかい灯りがいい!
テレビや隅々まで照らす明りが、逆に家族や人々を見えなくしていると気づく。
モノがありすぎて、私達は不自由になったのかも。
テレビや携帯や電気がなかったら・・・あなた達は、どんな会話ができるのか・・・・考えてみましょうよ
そうそう、中学生の少年も出てくるんだけど・・・なんかいい!
若いっていいよね!
自転車の二人乗りなんて・・・初々しいよね!
女子校育ちの私には無縁だったなぁ・・・
久々にみた吉川浩二(って、こういう漢字だったっけ?)も、よかったですよ。
ろうそくやさんの女の子も良かった。
豊悦も・・・みんな素晴らしい。
停電になっても、素敵な夜にできる私になりたいなぁ!
クリスマスイヴの夜に大停電になる。
ただ、それだけの事で運命が微妙にずれてゆく男女達。
それぞれが抱えていた問題が、微妙に動き出す。
ただ、それだけの話。
・・・なんだけど、雰囲気や音楽がすごく良かった。
文明の利器である電気が止まると、街は人は大混乱。
原田知世さんはギクシャクした離婚の危機の夫婦を演じていた。
停電になり夫婦は久々に向き合うが、夫はテレビをつけようとする。
もちろん、つかない。
そのシーン一つとっても、彼が家庭でどんな夫だったかわかる。
妻との会話がもたないのだ。
いつもテレビでニュースを見て、妻と向き合えないのだろう。
蝋燭の灯りで、食事をするシーンなんて、世の忙しい夫たちに見て欲しいなぁ・・・。
電気の灯りを失い、蝋燭の薄明かりの中で、見えないふりをしていた自分自身を見つめる事になる訳だが・・・。
蝋燭の灯りって・・・いいなぁ。
宇津井健演じる老夫婦達、老婦人が「昔はこれでやってこれたんです」と行灯をだす。
なんか、その柔らかい灯りがいい!
テレビや隅々まで照らす明りが、逆に家族や人々を見えなくしていると気づく。
モノがありすぎて、私達は不自由になったのかも。
テレビや携帯や電気がなかったら・・・あなた達は、どんな会話ができるのか・・・・考えてみましょうよ

そうそう、中学生の少年も出てくるんだけど・・・なんかいい!
若いっていいよね!
自転車の二人乗りなんて・・・初々しいよね!
女子校育ちの私には無縁だったなぁ・・・

久々にみた吉川浩二(って、こういう漢字だったっけ?)も、よかったですよ。
ろうそくやさんの女の子も良かった。
豊悦も・・・みんな素晴らしい。
停電になっても、素敵な夜にできる私になりたいなぁ!

夫の母は、運が良いと言われていた。
困った時には、必ず支えてくれる人が出てきて、苦労しながらもやってこれたと言っていた。
今度こそピンチだと思った時に、夫(息子)が仕送りをしてくれるようになったと。
そんな訳で、夫は「孝行息子」という名誉はもらったが、自分自身には贅沢はしない人生だと思う。
夫の両親は、現在は弟一家と一緒に暮らしている。
いろいろ人並みの苦労はあるだろうが、老人の一人暮らしという危機はない。
弟一家は、経済的にも豊かと思われるので、お金の苦労も無いだろう。
夫の母は、確かに運がいいのかもしれない。
だが、夫は「孝行息子」という満足が得られたが私や私達の子供は、どうだろう?
弟夫婦と同居して将来が安泰になった舅夫婦はいいとして、将来がある私達は・・・?
私は、そんな不安に襲われた事があった。
でも・・・・。
最近ふと思う事がある。
ピンチに神風が吹くというその「運」は、夫の母ではなく夫本人ではないだろうか?
まだ半人前で、稼ぎが無かった時代には、親兄弟を助けられなかった。
しかし、協力者がいたから親の事を考えず、自分の進みたい道を進めたのだ。
協力者がアテにならなくなった時に、彼はタイミングよく一人前になった。
親兄弟に援助し続けたが、自分も家庭を持ち協力も限界になった時、両親の弟一家との同居の話がでた。
そうでなかったら、老いてゆく両親の問題は夫にとって深刻になったはずだ。
結果、弟一家が両親の老後を背負ってくれた。
彼の肩の荷が一つおりたのだ。
子供の教育費はバカにならず、苦労している。
相変わらず、彼は自分自身の為ではなく家族のために頑張っている。
世間の父親がそうであるように、彼もまた「こんな仕事やめてやる!」と机を引っくり返したい日だってあるだろう。
でも、ひたすら黙々と働いている。
家族がいなかったら、もっと自由に仕事ができただろうにと申し訳なく思う日もあった私だった。
でも、どうなのかしら?
だから、彼の今があるのではないかしら・・・。
「誰かのために、辛抱する。」
「誰かに必要とされている。」
これって、素晴らしいことなんじゃないかしら?
これこそが、その人を支え力になっているのかもしれない。
私は毎日、同じ事を繰り返す。
子供の汚れ物を洗い、アイロンをかける。
食事に頭をいため、子供の生活態度に小言を言う。
「一人暮らしの頃は、楽だったなぁ・・・」
なんて、ぼやく。
一人ぶんの食事の用意、読書をしながら優雅なティタイム。
誰にも邪魔されない自分の時間・・・・
・・・なんだか、具体的に想像したら今は魅力を感じない。
ゴチャゴチャと散らかった部屋、洗い物の山。
朝の洗面台の順番待ち、狭い部屋のスペースの奪い合い・・・。
こっちの方が、断然いい!
彼に「神風」の運があるなら、苦労しながらも子ども達を育てあげる事ができるだろう。
もちろん、運命の神様は気紛れで移り気。
「運」なんて、怠けていて手に入るものではない。
日々頑張っている人に、神様の気紛れででる「ご褒美」だろう。
結局は日々の努力が、呼び寄せるものだと思う。
神様が気紛れを起こしてくれた時に、「運をいかせる人間」になっていなかったら意味がない。
結局は、「今、自分にできる事を精一杯頑張る」事が、運を呼び寄せるのだと信じる。
と、まぁ・・・、あれやこれや理屈をこねながら要するに私は、そういう訳で・・・・
仕事で放りっぱなしになった家事の山と、真剣に向き合うしかないという現実を受け入れるしかないという事だ・・・


結論から言えば、無理だった。
でも、外の液晶がちょっとストライプが入っただけで使える。
最悪、具合が悪くなったって私にとっていらない機能(アプリ)とかなら、私のと取り替えたっていいしね。
フォーマは、中のフォーマカードを差し替えればアドレスも電話番号も変わらず使えるんだから、いいわけだ。
どうにか、もうしばらくは待たせるしかない。
本人も気に入っているのだから、しかたない。
まぁ、ちょっと残念だったけど、今すぐにどうにかなるわけじゃないから良かったかな?
急に寒くなった。
仕事と学校行事でバタバタと忙しかった。睡眠4時間だったので、今日はぜったい早寝するぞ!
都会には季節感がないなんて言うけど、そうでもない。
先日までハロインムードだったのに、もうクリスマスムードになっていた。
東急ハンズはクリスマス用品で綺麗で、見ているだけでもあきない。
子供の授業参観から代々木に出て、B&Dでラグビー用品を買う。
そのまま、アニメーション学院前を通って新宿サザンテラスを抜けて東急ハンズへ。
綺麗なクリスマスの飾りやプレゼントを眺める。
なんだか、皆さんかごに飾りやプレゼントを入れて楽しそうだ。
・・・私はと言えば、色気のないB&Dの袋を提げ、木材コーナーで木材を買う。
息子が授業で使うからだ。
子供のパシリじゃないんだけどなぁ・・・。
部活で買えないのだから、しかたないか・・・。
昨日は靴が小さくなったと買わされたし・・・出費続きだ
子ども達は、こういうイルミネーションが大好きだから、今年もささやかなイベントを入れる事にしよう。
街路樹のハナミズキは真っ赤な実をつけている。
幼稚園の頃は「ままごと」にはぜったい登場した人気ものだった。
砂のケーキの飾りつけなどでは、これ無しでは寂しい。
プラタナスにも実がなっている。
良くは知らないが、実があるものと無いものがあるので、銀杏のようにオスとメスがあるのかもしれない。
並木の列から少し外れたプラタナスにだけ、実がなっている。
この事に、私が気づいたのは、長女のおかげである。
小学校1年になった長女が、下校途中で拾ってきたのだ。
「ママにプレゼント!」って差し出されたソレが何の実なのか、私は知らなかった。
長女に教えられ見上げると、たくさんの実があった。
並木の方は、冬を前に綺麗に剪定されてしまっているが、この木は管理が違うのか枝を落とされず冬を迎える。
今年もたくさんの実を揺らしている。
「すずかけの木」・・・プラタナスの別名の由来は、この実のせいだろう。
気持ちに余裕があったら、秋はどこにでもあるのだ。




先日までハロインムードだったのに、もうクリスマスムードになっていた。
東急ハンズはクリスマス用品で綺麗で、見ているだけでもあきない。
子供の授業参観から代々木に出て、B&Dでラグビー用品を買う。
そのまま、アニメーション学院前を通って新宿サザンテラスを抜けて東急ハンズへ。
綺麗なクリスマスの飾りやプレゼントを眺める。
なんだか、皆さんかごに飾りやプレゼントを入れて楽しそうだ。
・・・私はと言えば、色気のないB&Dの袋を提げ、木材コーナーで木材を買う。
息子が授業で使うからだ。
子供のパシリじゃないんだけどなぁ・・・。
部活で買えないのだから、しかたないか・・・。
昨日は靴が小さくなったと買わされたし・・・出費続きだ

子ども達は、こういうイルミネーションが大好きだから、今年もささやかなイベントを入れる事にしよう。
街路樹のハナミズキは真っ赤な実をつけている。
幼稚園の頃は「ままごと」にはぜったい登場した人気ものだった。
砂のケーキの飾りつけなどでは、これ無しでは寂しい。
プラタナスにも実がなっている。
良くは知らないが、実があるものと無いものがあるので、銀杏のようにオスとメスがあるのかもしれない。
並木の列から少し外れたプラタナスにだけ、実がなっている。
この事に、私が気づいたのは、長女のおかげである。
小学校1年になった長女が、下校途中で拾ってきたのだ。
「ママにプレゼント!」って差し出されたソレが何の実なのか、私は知らなかった。
長女に教えられ見上げると、たくさんの実があった。
並木の方は、冬を前に綺麗に剪定されてしまっているが、この木は管理が違うのか枝を落とされず冬を迎える。
今年もたくさんの実を揺らしている。
「すずかけの木」・・・プラタナスの別名の由来は、この実のせいだろう。
気持ちに余裕があったら、秋はどこにでもあるのだ。





男子校の授業参観・・・初めてである。
文化祭で大騒ぎを繰りひろげた彼らが静かなはずはない。
・・・と思ったが、意外なことに学校全体が静かである。
先生の声とノートをとる音だけが聞こえている。
まぁ、授業参観週間なのだから「借りてきた猫」だったかもしれないけど・・・。
小学校時代とは違い、休み時間に廊下を走り回るヤツも、我先にと校庭に走り出すヤツもいない。
あきらかに・・・大人的な姿になりつつある事を実感した。
そういえば、彼らの下校風景も道に広がらないように互いに注意しつつお行儀良く歩いていた。
・・・けじめがあるのかもしれない。
「授業参観に問題児の親ほど来ない」と教育に関わる知人やPTAの人たちの会話で聞いたことがあった。
「知らぬは親ばかり・・・」なんて陰口叩かれないように、できるだけ参加した方がいいだろうと思う。
心配をよそに、私の息子もノートをとっていた。
せめて友人のお母様方の前だけでも、お行儀良くしててね


画像を載せられるのが面白くて・・・ついつい、仕事の進行が遅れがちだった。
苦あれば楽有り・・・の逆になった。

今日の保護者会は、親睦会も兼ねているから、「来れる?」というプレッシャーがあった。
どうにか、昨日決着がついたので、行く事ができる!
・・・どんな話がでてくるか・・・。
またまた女子校とは違う議題に、驚かされる事だろう・・・


近所の店で、しばらく前に買ったアヤシイジュース。
安売りしていたから買ってみた。
味は弱い炭酸グレープ。
でも、この外見の絵がなんだか不気味。
青いウサギがなんだか怖い・・・
という事で、学校に持っていったら話題になった。
しかし・・・以後見ない。
また買ってくれと子供に言われてるけど、どこに売ってるんだか・・・




履修問題で世界史が必修だと知った。
でも日本人なのに日本史をやらなくていいの?
地理は知らなくても社会に出てやっていけるの?
実際に社会人になったら、退屈だった現代社会も大切だったと思い知った。
でも、当時は「知らなくても困らないよ。」なんて私だって思ってた。
まさに、森高の「勉強の歌」である

現場の子ども達の多くは、ちゃんと分かっているんだと思う。
本当はやるべきだって事。
イジメはいけないって事。
でも、芸術も保健体育も全ての教科を平等に真面目にやっていたら、受験勉強で遅れをとるのでは・・・とあせる。
イジメをしている子に注意したら、その事で今度は自分がターゲットになる事を覚悟しなければならない事を。
そのリスクを越えられる力がなかったら、勇気はだせないのだ。
誰か、気づいて欲しい。
誰か・・・信頼できて公平で圧倒的な力を持って正しい事を指示できる誰かが、この問題に気づいて乗り出して欲しい。
その誰かこそ、「先生」であって欲しいのだ!
「何が間違っていて、何が正しいのか」知っている多くの子ども達が、その気持ちを声に出せる環境を作ってもらえないだろうか?
見てみないふりをしていたと、イジメを止めなかった事をとがめられてしまう子ども達だって、苦しいのだと思う。
受験以外の教科や学校行事をサボる事に後ろめたさを感じていると思う。
彼らだって、勇気のない自分を責めているのだと思う。
予備校化した学校を良いと思っている子が全てなのだろうか?
イジメのある学校をいいと思っている子なんて、一握りなのではないだろか?
理想と現実の間で、彼らだって途方にくれているのではないだろうか・・・

私が息子の水筒のキャップを完全に閉めていなかったというミスと、彼が水筒と携帯を一緒に鞄に放り込んだというダブルミステイクで、買い換えて1週間の携帯が・・・・

機能は問題なく使えるが、外側についている液晶画面がおかしくなった。
モザイクのような変な幾何学模様になっている。
私と息子の責任の擦り付け合いという展開は省略。
・・・という訳で、ドコモショップへ!
直る保証は、ない。
奇跡的に直っても保証対象外だから、実費!5250円・・・

3650円?位で買い換えて5000円くらいで修理

しかし、買い直すよりは安くなる。
だめもとで修理に出した。
バッテリーの所にある、水に反応するシートは変わっていない。
水の浸入は意外と少なく、被害は外の液晶だけで済んだのではないかと思える。(素人判断ですが)
代替品は、古い機種。
息子のショックは大きい・・・が、私もショックだよぉーーー

直らなかったら、そのまま返却されて、機種変を勧めるらしい。
最悪、完全にイカレてしまったら、
新規にするか、機種変にするかは、両者を比較検討しよう。
けれど使用に問題なかったら・・・息子よ、完全にイカレルまで、使ってくれ

理想としては、「修理で5000円」で手を打つか、「時間がたったら直った」という展開。
そんな人の話、聞いたことありませんか?
やっぱり、無理でしょうか・・・・


数年前、読売新聞のチラシに「お花の種、プレゼント」というのがあった。
あまり期待せず申し込んだ。
毎月、1つずつ球根や種を置いていってくれるのだ。
実は、このプレゼントが我が家のベランダを飾っている部分もある。
自分では買わないような花も贈られれば植えるからだ。
だから・・・名前がわからないものも・・・。
種や球根には書いてあっても、覚えていられないので・・・

私を和ませてくれる花を他の人にも見て欲しくて、どうしても画像を入れたかったのだ。
ここ数日、写真をアップするのを研究し、家事も仕事も身に入らない

私って・・凝り性?
何かしていても、「もしかしたら、あそこをいじってみたら・・・」なんて思いつくと、実験して確認したくてウズウズしてしまう。
という訳で、読売さんから頂いた花を見てね!
明日はwowowのディズニーディ。
今日はDVDのHDDがいっぱいなので、DVDに落としながら仕事をします。
はぁ〜、DVD管理の担当も私になってしまった・・・



英語を覚え始めた頃、私はラジオから聴こえる歌声で気になるものがあった。
英語で女性が高い声でうたっている事しか分からず、兄に尋ねた。
兄は「オリビア・ニュートン・ジョンのそよ風の誘惑」ではないかと答え、レコードを買ってきてくれた。
確かに当時ラジオから良く聞こえた歌だった。
綺麗な高い歌声だったが、何かが違う気がした。
言い出せないままに月日は過ぎた。
時おり、この曲だ!と思う事があったが、曲名も歌手も分からなかった。
最近になり、私はその歌のタイトルを知った。
たぶん・・・「Loving you」。
鳥のさえずりと美しい女性の高い歌声・・・・。
でも、あいかわらず歌手はわからない。
今なら、調べる事ができるだろう。
でも、積極的に調べる気にはなれない。
全てをはっきりさせる事が、必要だろうか?
この歌は、兄との思い出や経緯があるからこそ、意味があったのだ。
分からなかったからこそ、記憶に残ったのだ。
オリビアの「そよ風の誘惑」、クラプトンの「愛しのレイラ」
荒井由実の「飛行機雲」、かぐや姫、風・・・・etc
兄は私に、いろいろな曲を運んできた。
それらを耳にする度に、兄と過ごした少女時代を思い出すのだ。
私には、そんな思い出の曲がある・・・・
年月は流れ・・・・
最近、私は「さくら」という素敵な曲があると娘に言った。
娘は「もりやまなおたろう」だと言って、借りてきてくれた。
・・・?なんだか違う気がした。
でも言えなかった・・・。
そう、もう一人の方だったのだ。
気がついたのは、1年くらいたって話題になって流行ったから。
そうしてまた、私の記憶では歌手の名前が曖昧なままである。
娘に聞けば答えるだろう。
でも、また曖昧にしたまま、過ごしている。
進歩のない私である。
何もかも、はっきりさせないからこそ記憶に残るのだ。


私は好奇心旺盛なのかもしれない。
今まであきらめていた画像が載せられるとわかったし、携帯電話も買い換えて2万画素になった。
こうなるとどんな機能があるか気になって仕方がない。
仕事も家事も、やることは沢山あるのに、携帯のマニュアル本を片手にいじりまくってしまう。
以前、カードリーダーを買ったのを思い出した。
それで、今回買った携帯はminiSDカードだったので、さっそくパソコンに記録できた。
ほったらかしていたカードリーダーが、忘れた頃に役に立ち始めたのだ。
ならば、過去の携帯は・・・?
残念ながら、メモリーカードデュオだった。
これにあったカードリーダーを買わない限り、パソコンにコピーは無理という事か・・・・
しかし、複合プリンターでスキャンをしている時に、ある事を思い出した。
この複合機は、確かダイレクトプリンターだったし、カードも数種類対応していたはず・・・・
調べればメモリーカードも対応している。
メモリーカードデュオなので、専用のアダプターを探すと・・・あった!
こうなったら、やりたくて仕方ない!!
携帯の中に保存された画像は、画素数が低いので拡大するとモザイクみたいだけど、小さいままなら見れる。
2年ちかく前の息子が映っていた。
子供の2年は大きい!
しばし感動していたが、画素数に不満だった私の画像は少ない。
・・・・
そうだ!次女は携帯のカメラ機能を玩具のように使っていた!
次女は快諾。
保存されていた画像は、次女の日々のたわいもない毎日を記録していた。
それは同時に、彼女を取り巻く人々の記録でもある。
そこには、家族の日々も記録されていた。
デジカメを使うのは、何か行事ばかりだ。
ありきたりの毎日の出来事には、出番はない。
携帯電話のカメラは、その「ありきたりの毎日」の記録にピッタリなのだと感心した。
友人達との楽しげな日々が、次から次に映っていた。
おどけた彼女達の毎日は、次女が楽しい学生生活を送っているという証明をしている。
デジカメに比べ、携帯は緊張しないのだろう。
・・・素晴らしい記録だと思う。
将来、こういう「ありきたりの日々」が懐かしい想い出になるのだから。
彼女の視線で見たものを、おすそ分けします。
彼女が美しいと感じたものでした。

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