存在してても気づかれない。特に役にもたってない。それでも、元気にやってます。
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昨日、次女が卒業祝賀パーティの為、友人と美容院を予約して出かけた。
もちろん、ドレスを着てだ。
見送った直後に、チケットを忘れている事に気づいた私は、セットが終わった娘と最寄の山手線の駅で待ち合わせる事にしていた。
待ち合わせの時間は、14時50分。
私は早めの14時43分についていた。
14時46分、私は駅の改札付近で被災。
改札は混乱し、駅員は改札を開放。
駅前の広場に避難を呼びかける。
そこもいっぱいとなり、近くの避難所を案内しているようだった。
モニターには、報道番組が映し出され、信じられない光景がながれていた。
人々は立ち止まり、携帯を握り締めながら、大切な人の安否を気遣う。
地震直後に子供達に「無事?!」とだけの短いメールを送った時には大丈夫だったのに、その後携帯は使えず誰とも連絡が取れなかった。
雑踏の中、次女の姿を探した。
余震に揺れる中、駅員は避難を呼びかける。
待ち合わせをした次女は、山手線の車内と思われ駅から離れられない。
息子から電話が来て、次女が車内ではない事を知る。
パーティに行く努力をすべきか悩んだが、問い合わせる事もできない。
彼女から私の携帯に、公衆電話から連絡が来た。
タクシーをすすめてみるが、この状況で行うとは思えない。
多くの人が参加できないだろう。
近くの小学校は、避難してきた人と、子供を引き取りにきた母親でごった返していた。
バス、タクシー、公衆電話には、長者の列。
歩道には、歩いて帰ろうとする帰宅難民の行進が始まっていた。
バイトのコールセンターの安否確認メールが届く、次々と仕事のメールが届く。
パソコンがシステムダウンして、仕事にならないだろう。
私は休みだった。
センターはクローズした。
友人達は、どうなったのだろう?

長女は職場で被災。
そのまま避難所で過ごした。
次女は友人と渋谷で過ごした。
夫の東北の実家と連絡が取れないまま、夜をあかした。
義父は足が弱く、つたい歩きぐらいしかできない。
その時、80代の両親はどうしたのか、不安でしかたがなかった。
朝になり、義妹から停電しているけど無事であると連絡が来た。

私の母は、無事だった。
妹一家も無事だった。
私と夫の兄弟一家は、なんとか無事でいたと知る。

次女の卒業パーティは中止だったとHPで知る。
卒業式も中止だと書いてある。
次女から袴の予約について、「ごめんね」とメールが来た。
彼女の友人のひとりは、実家からの東北新幹線の車中でトンネルの中にいた。
友人達は、それぞれどうしたのだろう?
無事なんだから、写真だけでも撮ろうと返信した。

しかし、この地震・・・このまま終息するのだろうか・・・

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【2011/03/12 09:31】 | boys&girls
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