存在してても気づかれない。特に役にもたってない。それでも、元気にやってます。
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私は親として、3回経験した。
今も、塾通いの親子を見ると当時を思い出す。
もう、願書も締め切られる頃で、都外の県では受験が始まっているだろう。
彼らが、体調不良などの理由で、力を出せない事がないように、心からお祈りします。
第一子を中学受験させる頃、当時は受験塾は4年くらいからで十分といわれていた。
長女が通っていたのは、三分の一程度が私立に進学する小学校だった。
高学年になると、受験をする子と公立に進学する子の間に、微妙な空気が漂ってくる。
女子のこの時期は、ただでさえ問題が起こってくるのに、これは子どもにとってストレスになった。
親の中にも、受験に対しての意見は賛否両論。
受験を理由に役員などパスする家庭も増えてくるので、受験批判を耳にする機会も増えた。
テレビで見るはちまきをした受験風景は、抵抗を感じるし・・・
遊びたい盛りの子供に、お弁当を持っての塾通いは、かわいそうに思えた。
そんな訳で、中途半端な受験体制だった。
親としては、そこそこの苦労で、そこそこの学校に入ればいいと考えていた。
実際にその当時諸事情があり、家庭的に受験体制中心の生活をとれる環境になかった。
週末に学校説明会や文化祭が行われる。
6年にもなると模擬テストが入り、学校説明会などの参加もままならなくなった。
結果、学校説明会に出れたわずかな学校を受けたにすぎなかった。
それでも、第一志望校は過去問題の出来からも大丈夫だからと、楽観していた。
受験は何があるかわからない。
その学校を、長女は補欠で逃した。
公立に進学してリベンジも考えたが、子どもと話し合って滑り止めの学校に入学した。
受験をしていた子が、公立に進学する事は、子どもにとって屈辱的な事なのだ。
娘は、中学では成績上位者で、楽しい3年間を過ごした。
失われた自信も、なんとか持ち直した。
けれど高校になり、高校から入学してきた子達とは合わず、大学受験を考えた時に、レベルの違いにショックを受けた。
中学受験は、受験時の偏差値だけじゃなく、出口である大学進学実績を考えるべきであるという事を実感した。
彼女は大学受験で、本人的には不満な結果だったが、親は満足している。

そんな反省と経験から、次女の受験はハードルを高くした。
親としては、付属の大学にも満足ができる学校を第一志望に選んだ。
第二志望は、進学校的付属校でした。
成績がふるわなければ、付属大学に進学。
成績が良くなれば、他大を受験させる事ができる体制をとっている学校だ。
夫は、それ以下であれば公立に進学し、高校で納得のいく受験をしたらいいと考えていた。
二女は、なんとか第一志望に合格した。
ところが、高校2年になり他大を受験したいと言い出し、結局付属大学には進学しなかった。
彼女は6年間過ごした母校を今も愛しているし、良い人間関係は今も継続している。
けれど、大学には魅力を感じなかったのだ。
本人が進みたい学部など、親が思うほど子供は単純ではなかった。
ここまで予測する事は、小学生の時には難しいと思う。
結果、第一希望は叶わなかったが、持前のプラス思考で在学している大学でも楽しい毎日を過ごしている。

3回目は長男だった。
男子という事もあり、初心者のような緊張感だった。
はじめから、大学を意識して受験校は選んだ。
大学の学部も調べた。
男子の中学の偏差値表など、女子の時には見ないから、予備知識も少なく新鮮だったからだ。
公立中学からも、優秀な学校に進学する者はいくらでもいる。
中学で不満を持って私立に進学するなら、高校受験で納得のいく学校に入ればいいという意見は、親子で一致した。
だから、息子は試し受験以外は、入学する意思のない学校は受験しなかった。
強気の受験だった。
そのために、野球も辞めた。
第一志望は叶わずひやっとした受験だったが、現在私立で充実した毎日を過ごしている。
入学当初は、なじめるか本人は不安だったらしいが、しっかり自分の居場所を築いた。
親としても、学校に好感を持ち、入学してからの方が印象がいい。


中高の6年は、子どもにとって大きな転換期である。
どんな場所で、どんな人達と、どんな影響を受けて成長してゆくのか・・・・。

もし、あの時・・・・
そんなふうに、別な選択をした場合を想像する事はあるが、未熟ながらも精一杯の愛で頑張ったのだと思いたい。

中学受験は、親子で頑張るものだと思う。
同じ目標に向かって、二人三脚で頑張る。
受験を通して、時に意見をぶつけ合ったり、時に意思を確認し合ったり・・・・
ともに泣いたり笑ったり・・・
子供たちの友人親子の話を聞いても、フレンドリーに非常によく話をしている家庭が多い。
親も過干渉という程ではないが、子どもを理解しようという努力をしている。
彼らは、ともに中学受験を戦った同志なのだと思う。
親子で同じものを見て同じ事を経験する事は、素晴らしい事だと思う。
中学受験をともに過ごした母達は、今は息子の部活の追っかけをしている。
照れ屋の息子に「来るなババァ!」なんて言われても、彼女は気にしていない。
息子の本心ではない事を、知っているからだ。
そして、歓声を上げている。
これらは、中学受験の副産物だと思う。
我が息子も「来るんだろ?」と当たり前のように言う。
まぁ、彼は野球の頃から慣れっこなのだけど・・・。

いつまでこうしていられるかわからないけど、できるうちは子供の目線で、彼らの世界を見ていようと思う。


子育てもまた、「一期一会」。
今日の息子は進化し続け、明日は別な少年になっているからだ。

悔いなき今を生きよう!


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第一子を中学受験させる頃、当時は受験塾は4年くらいからで十分といわれていた。
長女が通っていたのは、三分の一程度が私立に進学する小学校だった。
高学年になると、受験をする子と公立に進学する子の間に、微妙な空気が漂ってくる。
女子のこの時期は、ただでさえ問題が起こってくるのに、これは子どもにとってストレスになった。
親の中にも、受験に対しての意見は賛否両論。
受験を理由に役員などパスする家庭も増えてくるので、受験批判を耳にする機会も増えた。
テレビで見るはちまきをした受験風景は、抵抗を感じるし・・・
遊びたい盛りの子供に、お弁当を持っての塾通いは、かわいそうに思えた。
そんな訳で、中途半端な受験体制だった。
親としては、そこそこの苦労で、そこそこの学校に入ればいいと考えていた。
実際にその当時諸事情があり、家庭的に受験体制中心の生活をとれる環境になかった。
週末に学校説明会や文化祭が行われる。
6年にもなると模擬テストが入り、学校説明会などの参加もままならなくなった。
結果、学校説明会に出れたわずかな学校を受けたにすぎなかった。
それでも、第一志望校は過去問題の出来からも大丈夫だからと、楽観していた。
受験は何があるかわからない。
その学校を、長女は補欠で逃した。
公立に進学してリベンジも考えたが、子どもと話し合って滑り止めの学校に入学した。
受験をしていた子が、公立に進学する事は、子どもにとって屈辱的な事なのだ。
娘は、中学では成績上位者で、楽しい3年間を過ごした。
失われた自信も、なんとか持ち直した。
けれど高校になり、高校から入学してきた子達とは合わず、大学受験を考えた時に、レベルの違いにショックを受けた。
中学受験は、受験時の偏差値だけじゃなく、出口である大学進学実績を考えるべきであるという事を実感した。
彼女は大学受験で、本人的には不満な結果だったが、親は満足している。

そんな反省と経験から、次女の受験はハードルを高くした。
親としては、付属の大学にも満足ができる学校を第一志望に選んだ。
第二志望は、進学校的付属校でした。
成績がふるわなければ、付属大学に進学。
成績が良くなれば、他大を受験させる事ができる体制をとっている学校だ。
夫は、それ以下であれば公立に進学し、高校で納得のいく受験をしたらいいと考えていた。
二女は、なんとか第一志望に合格した。
ところが、高校2年になり他大を受験したいと言い出し、結局付属大学には進学しなかった。
彼女は6年間過ごした母校を今も愛しているし、良い人間関係は今も継続している。
けれど、大学には魅力を感じなかったのだ。
本人が進みたい学部など、親が思うほど子供は単純ではなかった。
ここまで予測する事は、小学生の時には難しいと思う。
結果、第一希望は叶わなかったが、持前のプラス思考で在学している大学でも楽しい毎日を過ごしている。

3回目は長男だった。
男子という事もあり、初心者のような緊張感だった。
はじめから、大学を意識して受験校は選んだ。
大学の学部も調べた。
男子の中学の偏差値表など、女子の時には見ないから、予備知識も少なく新鮮だったからだ。
公立中学からも、優秀な学校に進学する者はいくらでもいる。
中学で不満を持って私立に進学するなら、高校受験で納得のいく学校に入ればいいという意見は、親子で一致した。
だから、息子は試し受験以外は、入学する意思のない学校は受験しなかった。
強気の受験だった。
そのために、野球も辞めた。
第一志望は叶わずひやっとした受験だったが、現在私立で充実した毎日を過ごしている。
入学当初は、なじめるか本人は不安だったらしいが、しっかり自分の居場所を築いた。
親としても、学校に好感を持ち、入学してからの方が印象がいい。


中高の6年は、子どもにとって大きな転換期である。
どんな場所で、どんな人達と、どんな影響を受けて成長してゆくのか・・・・。

もし、あの時・・・・
そんなふうに、別な選択をした場合を想像する事はあるが、未熟ながらも精一杯の愛で頑張ったのだと思いたい。

中学受験は、親子で頑張るものだと思う。
同じ目標に向かって、二人三脚で頑張る。
受験を通して、時に意見をぶつけ合ったり、時に意思を確認し合ったり・・・・
ともに泣いたり笑ったり・・・
子供たちの友人親子の話を聞いても、フレンドリーに非常によく話をしている家庭が多い。
親も過干渉という程ではないが、子どもを理解しようという努力をしている。
彼らは、ともに中学受験を戦った同志なのだと思う。
親子で同じものを見て同じ事を経験する事は、素晴らしい事だと思う。
中学受験をともに過ごした母達は、今は息子の部活の追っかけをしている。
照れ屋の息子に「来るなババァ!」なんて言われても、彼女は気にしていない。
息子の本心ではない事を、知っているからだ。
そして、歓声を上げている。
これらは、中学受験の副産物だと思う。
我が息子も「来るんだろ?」と当たり前のように言う。
まぁ、彼は野球の頃から慣れっこなのだけど・・・。

いつまでこうしていられるかわからないけど、できるうちは子供の目線で、彼らの世界を見ていようと思う。


子育てもまた、「一期一会」。
今日の息子は進化し続け、明日は別な少年になっているからだ。

悔いなき今を生きよう!

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【2008/01/18 10:31】 | 記憶のかけら
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管理人のみ閲覧の方へ
真昼
この辺りは、公立で土の校庭を持つ小学校はないです。
児童数も少なく、さらに中学では国立や私立に進学する者もいて、生徒数は少ないのです。
部活は校庭の狭さから、野球部がない学校も多いのです。
顧問が異動になれば、去年あった部活も無くなります。
部活が1年単位で活動するという、地方ではありえない事態です。
これでは友情や先輩後輩の絆など、部活でしか作れない人間関係など、経験する事が難しいのです。
部活は週に2回ほどで、時間の空いた生徒が近所の公園で遊んでいたりします。
私達が思っていたのとは、まったく違う生活でした。
学校選択制で、いろいろな努力をしているようなので、期待したいところですよね。

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この辺りは、公立で土の校庭を持つ小学校はないです。
児童数も少なく、さらに中学では国立や私立に進学する者もいて、生徒数は少ないのです。
部活は校庭の狭さから、野球部がない学校も多いのです。
顧問が異動になれば、去年あった部活も無くなります。
部活が1年単位で活動するという、地方ではありえない事態です。
これでは友情や先輩後輩の絆など、部活でしか作れない人間関係など、経験する事が難しいのです。
部活は週に2回ほどで、時間の空いた生徒が近所の公園で遊んでいたりします。
私達が思っていたのとは、まったく違う生活でした。
学校選択制で、いろいろな努力をしているようなので、期待したいところですよね。
2008/01/20(Sun) 14:26 | URL  | 真昼 #-[ 編集]
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