存在してても気づかれない。特に役にもたってない。それでも、元気にやってます。
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今井美樹のこの曲をきくと、なぜかせつなくなる。

私の甥が小学生の頃、彼はつらい経験をした。
そうなる前に、彼は私に自分達に訪れる悲しみを予告した。
否定する可能性を語る私に、彼は首を振った。
静かな絶望だった。
泣くでもない、叫ぶでもない。
それはあきらめというのか、静かな絶望だった。
その表情を見て、私は彼に訪れる苦しみが避けられない事だと感じた。
そして、わたしもまた「その日」を覚悟したのだ。
小学生の少年に、そんな表情をさせたのは大人なのだろう。
私は彼に対して、無力であると思った。

彼の予告通り、彼にはつらい運命が訪れた。

この歌を聞くと、その時の事を思い出すのだ。


また、子どもが受験する時の事も思い出す。
試験場の近くまで行くが、そこからは子供が一人で歩いてゆく。
特に、中学受験は幼い子供が一人で戦いにゆくのを、母親として見送るだけ。
その小さい姿が、人ごみに消えてゆくのを見送るせつなさはない。
何もしてあげられないという無力感。
子供が自分で運命を切り開く姿を見送るだけの切なさだ。
さらにさかのぼれば、幼稚園や小学校に初めて送り出すのも、そんな心境だ。
さらにさかのぼれば、出産だ。
それまで体内で片時も離れる事のなかった我が子が、母親から独立して「一人の人間」としての存在」となる。
ある意味、子離れの第一歩。

学校で母の知らない人達に囲まれ、一人で自分だけの世界を築いてゆく。
日に日に、離れてゆくのだ。
スポーツの試合を観戦するのも同じ思いだ。
ただ祈るだけなのだ。
親なんて、ハラハラオロオロするだけの「役立たず」だと痛感する。
それと同時に、彼らの成長を実感し静かな幸福感を味わう。

様々な悩みを抱えている子供達に、もう自分では何も助けられないという切なさを今も感じつつ、見守っている。


甥は、表面的にはたくましく生きている。
彼の成長を聞く事は嬉しいし、彼の幸福をいつも祈っている。

ただ、時折思い出すのだ。
あの日の彼を。
幼い少年の静かな絶望を。


たくましく成長している我が子達にも、思い出すのだ。
本当は心細いのに、私に元気な笑顔を見せて人ごみに消えていった小さな背中を。


全ての子供達が、幸福である事を祈らずにいられないのだ。
そして、私もまた強くなりたいと。

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【2009/03/16 21:13】 | boys&girls
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