存在してても気づかれない。特に役にもたってない。それでも、元気にやってます。
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選択しなかった「その先」を時折おもう。
「もし、あの頃・・・・」である。

私は女子高出身者である。
多感な時期に「女子教育」を受けた訳である。
年配の家庭科の教師が言った。
「女子と生まれたからには、1度は結婚し人の母になりなさい。
結婚も子育ても、思うようにはいかないものであり、そのうえ決して放棄できないものである。
その中で、なんとか折り合いをつけ他者とやってゆく術を学ぶでしょう。
だから結婚せず自分のペースで生活している人は、妥協をしらずギスギスした人間になってしまう事が多いのです。」
私達は、彼女と犬猿の仲にあった数学教師と喧嘩でもしたんだろうと思った。
数学教師は独身のハイミスだったからだ。
確かに、ちょっと(かなり・・・)変わっていた。
二人は仲が悪いという噂で、家庭科教師のお説教の内容は私達の心には、当時は届かなかった。
さて、その数学教師は言った。
「私は、学問がしたくてお茶の水女子大学に行ったのに、やらされた事は飛行機作りだった。
段ボールのような紙としか思えない材料で飛行機を作っていた。
日本は負けるんだと、口には出せないがみなが思った。
あなた方は、戦争に翻弄されることはない。
学問を追及できる恵まれた環境があるのです。」
当時、数学は私達の苦手科目だった。
彼女の「学問」を「数学」と感じ、私達の心には届かなかった。
私は習わなかったが、国語の教師に印象的な年配の人がいた。
彼女は古い日本映画で出てくるようなヘアスタイルで、いつもスーツを着ていて凛としながらも女性らしい雰囲気があった。
あのヘアスタイルは「瀬戸内少年野球団」の夏目雅子さんと同じだったかもしれない。
彼女もまた独身だった。
先輩の話では、彼女は恋人を戦争で亡くし、独身を貫いていたと聞いた。

家庭科教師の言葉は、その後結婚してから幾度となく思い出した。
彼女の教えは、卒業し数年たってから教え子の心に響いたのである。
数学教師の言葉もまた、そうだった。
「学問を追求できること」=「幸福・平和」
さらに彼女は、「女子といえども、これからの時代は自分を高めよ」と言っていたのだ。
進路指導で担任から「日大の芸術を、志望校に考えないのか?」と聞かれたが、当時の私に日大の知識がなく聞き流してしまった。
もし高1の時に、その選択肢を考えていたら、良かったかどうかは分からないが私の3年間は別のものになっていたかもしれない。

「無知」とは残念な事だ。
今なら彼女達の言葉を、もっと理解できたのに、無知で幼い私は聞き流していたのだ。

言葉としては何一つない国語の独身教師。
彼女を私は密かに「かっこいい!」と思っていた。
これもまた、幼い感性だ。
彼女の孤独や秘めた悲しみを理解できる知識が幼い私にはなかった。
だから純愛の象徴として、その後も私の中に存在し続けた。
だから、軽くお手軽な恋愛に忙しい友人を羨ましいと思ったことはなかった。
また、深く愛するゆえに傷ついていく友人にショックを受けた。
「人生に本当の恋愛は1度でいい」と思っていたし、「夢」を追いかけるのに忙しかった。
何より私は、「恋愛」が正直怖かった。
友人達は、恋をするとみんな自分を見失うようだったからだ。
まだ恋愛感情をコントロールできるほど大人じゃなかった。
多くは、恋愛に没頭し学業や進路があやしくなった。
友人同士の恋人争いは最悪だったし、男女の修羅場は一生経験したくない姿だった。
巻き込まれてずいぶん、うんざりした。
「恋愛とは面倒くさいもの」らしいと思っていた。
主役でもめ事をやらかす気分にはなれなかった。
たとえば、自分に好感を持っている人を、友人が好きだと告白してくればサッサと「始まるかもしれない恋」を手放した。
とにかく厄介な事になりそうな相手とは距離を置いていた。
「その先」に興味がわかなかった。
反面、恋愛経験をしないと人間として未成熟になるのではないかと、頭で恋愛をしようと努力したが次々と失敗した。
多くの人に迷惑をかけ、学んだ事は「恋はするものではなく、おちるもの」という名画のセリフを実感しただけ。
恋の可能性は、当時の私では見つけられなかったのだ。
しかしながら、今は幸せな結婚生活を送っている。

時折、女子高時代の教師の言葉を思い出す。
彼女達の話を、今の私で聞いてみたい。
女子教育は、悪くなかったと思う。

息子は男子校で入学式に「日本、いや世界の未来を担う人材に成れ!」
などと学校長や来賓の大学教授に素晴らしいお言葉を頂戴していた。
今の彼らにとって、チンプンカンプンの他人事だったろう。
・・・彼の心に届くのは数十年先かもしれない。
数十年先であっても、彼らの言葉を理解できる人間になってほしい。

男女平等、男女共学。
時代はそうなのだろう。
でも「男女差別」をきらい何もかも同じにできるだろうか?
女子はあきらかに運動能力で男子にはかなわない。
けれど、「命を生み育む能力」は男子にはできない。
適性があるのだ。
それぞれが自分にないものを相手に求め補い合う。
夫婦の絆とは、きっとそういうものなのだろう。

昔の歌を聴くと懐かしく当時を思い出す。
そのほとんどに夫の存在がある。
夫は、私の大切な人生の相棒なのだ。

過去私が選択しなかった「その先」はわからない。
私は、私が選択した「その先」を相棒と行こう。

【2007/06/30 11:25】 | 記憶のかけら
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